卒業

3月のことですが子供の小学校卒業式に出席してきました。

長男なので、初めて子供の小学校卒業式です。6年前にこの小学校の門をくぐってから6年間たったわけです。

いろいろな思い出がこみ上げてきました。そんなわけで子を持つ親として、初めて小学校卒業式に出席してきた感想や、小学校生活を統括した感想などを書きたいと思います。

クラス替えが2回あった

子供が通う小学校ではクラス替えが2回ありました。3年生のころと5年生のころです。自分が小学生のころっていうのは、クラス替えは1回だけでした。確か3年生のころに1回だけ。

そのあとはずっと同じクラスでしたね。なので小学校生活で2回のクラス替えというのは多い方なのかもしれないですね。

印象的だったのは、同じ地区の同級生とは一回も同じクラスにならなかったということ。逆に6年間ずーっと同じクラスにいた子は1人いました。

6年間ずーっと同じだったというのもすごいですよね。ただ、彼らの間には友情はあまり芽生えていませんでしたけど・・(笑)

びっくり!担任の先生が5回も変わった!

これは結構びっくりですよ。長男は担任の先生が5回も変わったんです。すごくないですか?これ。

1年生と2年生の2年間は同じ先生でした。それ以降毎年担任の先生がコロコロコロコロ変わっていったんです。理由は簡単。先生の手に負えなかったから。

まずは3年生の頃に振り返ります。小学生も3年になると、みんな結構イケイケになっちゃうんです。この時担任の先生は女性でした。授業参観などに奥さんが出席するとその理由は一目瞭然だった。子供たちが先生を舐めてかかって、まったく授業になっていなかったという。

授業中に脱走する奴はいるわ、授業を妨害するヤジを入れる奴はいるわ、社会科見学でいなくなっちゃうわで3年生の時の先生はたった1年でバトンタッチとなりました。僕も学級レクリエーションに参加したけど、そのヤンチャっぷりはすげぇなあって。

こりゃあの担任の先生じゃダメだなと。

そして4年生で登場したのが、小学校一怖い先生!3年生でナメくさった生徒たちに喝を入れられるのはこの先生しかいないという、学校側の意思が読み取れました。3年生で好き勝手やってきた彼らをこの先生は本当にまとめ上げました。

先生が変わるだけでこうも生徒が変わるもなのかって。その手腕には驚嘆しましたね。

そして5年生になりクラス替え。それに伴い学校最強の先生とはお別れです。学校最強の先生はまた4年生に下がって、まとまりないクラスの担任になりました。彼はこういう役回りなのか?

5年生の頃の先生はまたおっとりタイプの男性教諭。5年生という重要な学年でおっとりな先生。なんだか父兄の評判はイマイチで、このままこの先生で卒業を迎えられるのか?と思っていたところで1年で退陣。この時はおいおいまたかよ?どうなってんの?

そして6年生になり、降臨したのが再び熱血系の先生。毎年先生が変わるから、参観日に行ったくらいじゃ顔を覚えられないんですよ。ですが、キャラは印象的だった。そんな熱血の先生の元卒業式を迎えました。

卒業式が終わり、熱血先生の最後の言葉を聞いたんですがシビれましたね。宇宙探査機「ハヤブサ」の開発の話をしてくれて、

「高い鉄塔を建てないと、その先の地平線は見えてこない」

「つまり高い目標を立てないと、そのに広がる大きな世界は見えてこないと言い換えられる」

先生号泣しながら熱弁を振るってくれるんですよ。もうその様を見ていたら、「あぁ、この先生が最後に担任を持ってくれてよかったな」って心の底から思えましたね。

 

組体操問題やらいろいろあった小学校

うちの小学校だけではないけれど、小学生の組体操って問題になりましたよね?最後のピラミッドです。何段あったかな?とにかく一番上にいる子は相当の高さにいますよね。その上で立ち上がるわけです。

確かに一歩間違えて崩れたら、骨折などの大けがにつながる。これが問題視されているらしい。実際に事故があった小学校も何校かあったらしい。事故が起きたら教育委員会的には廃止せざるを得なくなってくるでしょうね。

もしかしたら次男や三男の頃には組体操がなくなっているかもしれない。でも組体操は一番の華っていうか、感動するものであるのも間違いないんですけどね。

うちの子供は小学校生活の中で、交通事故にあったレアな人物です。放課後に友達の家に遊びに行って帰り道にひき逃げにあったんです。

足の骨を骨折する大けがをして、地方のTVニュースにもなりました。3ヶ月位車椅子での学校生活を送りましたよ。教室まで階段であげるのが大変。重たくて・・。

と、いろんな事件があったわけです。6年間って長いですからね。

 

卒業式は自分とフラッシュバックした

卒業式に参加していると、自分の卒業式を思い出したりしました。小学校の卒業式なら割と記憶に残っています。

在校生と卒業生の歌を聞いていて、「巣立ちの歌」でジーンときましたね。僕は小学校で習った歌の中で「巣立ちの歌」が大好きでした。あとは「翼をください」ですね。この2曲が出てくるとフラッシュバックする(笑)

自分が小学校の頃はこうだった。これから彼は中学生に上がって、いろんな壁にぶち当たるだろう。その壁を一歩一歩登っていくしかないわけで。

自分自身、理想的な大人になれているのだろうか?小学校の頃って校長先生の話や来賓の話って長くて立ってなくちゃいけなかったしで、嫌だった。

だけど、親として校長先生や来賓の方の話を聞いていると、なぜか自分自身に話しかけてくれているような錯覚になるんです。

担任の先生の最後の言葉が印象的だった。

「君たちは追い風と向かい風ってどっちがいい?そりゃ追い風か?楽チンだもんな。だけどスキーのジャンプ競技って知ってるか?あれはな、向かい風じゃないとダメなんだよ。向かい風が吹くとき、より高いジャンプが跳べる。人生も同じで高い障害があればあるほど自分が飛躍できるんだ。要するに、高い壁がそびえ立ったときにどう思うか?こりゃ登るのが大変だと思うか、それともこれを越えれば相当高くジャンプできるって前向きに考えるか?それだけで人生は大きく変わる」

まさに今の僕自身にもぴったり当てはまる。

人生って一つ壁を越えたらもう一つの壁がやってくる。そこで疲れて登るのを辞めてしまったら人間としての成長が止まる。いつまでも勇気を振り絞って、壁を登り続けないとダメなんだって。

子供の卒業式、特に恩師達からの言葉は小学生だった自分には面倒臭く聞こえたけれど、大人になって聞く彼らの言葉には重みがまったく違って聞こえた。

今の自分はどうなんだろう。自問自答するいい機会でした。

子供の卒業式っていうのは、親が自分自身を見直すいい機会になる節目の場所である。子供が先生から学ぶだけではなくて、親が先生から再度問いかけをされる重要な催しだったというのが、親として初めて小学生の卒業式に出席した印象でした。

卒業おめでとう。いい先生達に恵まれた。今の先生達って、昔に比べてすごく大変だと思うんですよ。いろんな制限がある。そんな中で必死に子供達に熱弁を振るってくれる先生達には感謝をしてもしきれません。

自分より年下であっても、先生ってやっぱり違うと思った。先生は若くても先生だったんだなって。

ありがとうございました。