Categories: 長野をぶらり

川中島合戦ゆかりの典厩寺には日本一大きい閻魔大王像があった

川中島合戦と典厩寺

長野市篠ノ井杵淵にある典厩寺。もともとは鶴巣寺と称されていました。川中島合戦の際、武田信玄の弟の武田典厩信繁はこの寺を本陣として出陣しました。

ですが、この激戦で惜しくも討死したのでこの寺に埋葬されました。

 

その後、真田信之が典厩信繁公を弔うためにその名前をとって典厩寺と改めたのです。

 

この典厩寺に日本一大きな閻魔大王像があるということで、早速行ってみることにしました。

 

この日は生憎の雨でした。ちなみに典厩寺の参拝料は

大人200円

子供100円

となっております。

入り口に入って左側に無人?の精算機?があります。

 

無人の精算機・・・ただのお皿とも言える。

 

 

その無人精算機のすぐ横に、閻魔大王像がありました。

 

入り口に入ると、センサーでライトが点いてかなり焦った・・。

 

閻魔大王出現!!

 

怖っ!!

 

ちなみに何で典厩寺に日本一大きい閻魔大王像があるのかというと、真田幸貫藩主により川中島合戦の死者8000余名を供養するために造られたということだそうです。

その他にも典厩寺にはいろんな見所があります。

典厩寺の見所

 

1、閻魔大王像

日本一大きな閻魔大王像

 

2、典厩信繁公の首洗い井戸

討死した信繁公の首を敵から奪い返して、清めた井戸

 

3、ボケ封じの石

ボケを封じる石?

 

4、縁起物の大灯篭

自分の干支と下のカエルを触って3年若返る

 

5、懐古の碑

両軍の戦死者慰霊碑

 

6、武田典厩信繁公の墓

 

7、武田・上杉両雄一騎打ちの碑

 

8、川中島合戦記念館

 

その他にも山門や真田幸村の供養塔、枝垂れ桜など見所はたくさんあります。

 

それ以外にも、日本庭園としての趣があって庭をみるだけでもいいですね。桜の時期に来ればもっといいんだろうな。

 

 

 

武田典厩信繁公はどんな人物だったのか?

ではここに祀られている武田典厩信繁公はどのような人物だったのか?

武田軍の副将で信玄の片腕として活躍した名将。武田の騎馬戦を強くし、周辺大名から恐れられていた人で、文武両道に優れ家臣の人望も高かったとのこと。

真田幸村の本名は真田信繁と名付けられていましたが、これ真田幸村の父である昌幸が武田信繁公の知性と武勇にあやかって付けられたものというエピソードも持っています。

長野インターから車で10分かからない位置にありますので、お近くにお寄りの際は是非見ていってくださいね。

歴史の勉強も年を取ると楽しくなる

ゼロゼロもへじ