学校給食の思い出。給食当番のトラウマと今と昔の給食事情について

懐かしの学校給食

小学校・中学校の頃って、学校給食でしたよね。

僕も給食だったんですが、今回は給食にまつわる話をしてみたいと思います。

まずは給食当番のトラウマについて。今も昔も給食当番ってあると思うんですけど、ぼくは給食当番で手痛い失敗をしたことがあるんです。

小学校1年生の頃だったんですが、まずは教室が3階くらいにあったんです。そして当時の学校は校内で給食を作っていました。

1階の給食室から3階の教室まで運ぶんですが、その日ぼくは汁担当だったんです。なんとなくことの顛末がわかりました?

そうなんです。ぼくは階段でずっこけて汁をぶちまけた男です。いやっほう。半分以上階段に流れてしまった汁。先生に報告すると、怒られてしまいましたね。足りない汁は、各教室から余ったものを集めてことなきを得たという思い出です。

それ以来トラウマです。給食当番(笑)牛乳係が一番楽チンでいい。

そもそもが1年生の教室を3階に設定していたあの学校がおかしい。1年生なんか体が小さいのに、汁を二人で階段を上って運ぶということが無謀!と、自分の苦い思い出に突っ込んでみたりしました。

給食の1食あたりの価格

ぼくは長野県に住んでいますが、長野県の給食は1食あたり285円なんだそうです。長野では、給食センターを設けてそこで給食を作っています。

そして、各学校に運送業社が運んでくれているシステムなんです。ぼくは神奈川県に住んでいたこともあります。神奈川では学校内で作っていましたけどね。いまはそういうところは少なくなってきたんでしょうね。

長野ではソフト麺というものが主食ででます。正式にはソフトスパゲティー式麺というらしいんですが、これは神奈川ではでなかったんですよね。

なので神奈川県ではご飯かパンの交互だけでした。長野に来てからソフト麺なんていうものが出現するからびっくらこきましたよ。

おそらく給食もそのご当地でかなりの差が出てくると思います。

ご飯の日は空の弁当箱を持参して、そこにご飯をつめるのが長野県流。対して神奈川県ではおさらにご飯をよそいました。

その当時だけだったのかもしれないですけどね。いろいろな違いがあって・・。一番難関だったのが、長野ではトマトが丸ごと出現したんですよ。当時トマトが嫌いなぼくは困り果てました。

昔は給食を完食しないと、次の授業になっても食べ続けないといけない風潮があったので時間内に食べないとえらいことでした。

しょうがないからトマトを家でも食べまくって、苦手を克服したんです。昔は給食を残すことは許されなかったけど、いま考えるとかなりスパルタですよね。

いやー久しぶりに給食食べてみたいな。やっぱり揚げパンがいいな。

ゼロゼロもへじ